入院して思ふ④ 1型糖尿病のワタシ。その受け止め方。

2021年1月19日

突然「あなたは、糖尿病です」と宣告された時、思いがけずに「糖尿病患者」となってしまったご本人は、糖尿病という現実をどのように受け止められたでしょうか? 

ワタシの場合、入院先で1型糖尿病を宣告された時の気持ちは、「まさか!」という驚きから始まりました。やもやしながら、時には「病気である」という現実からも目を背けながら、、、徐々に徐々に、現実と向き合っていけるようになりました。

宣告されてから2カ月ちょっとが経ちます。振り返ると、今、糖尿病である自分と向き合えるようになったのは、いろんな人たちからいただいた「励ましの言葉」によるところが大きかったなぁ、と実感しています。

いろんな人達からの「励ましの言葉」には、ワタシを前向きにさせてくれるパワーがありました。こんな考え方があるのかー!とワタシの世界観をガラッと変えてくれるものも中にはありました。

そこで今回のブログは、励ましの言葉を下さった方に感謝しつつ、治療中にワタシを支えてくれた「言葉たち」を振り返りたいと思います。この文章を読んでくださっている方の中にも、きっと前向きに糖尿病と向き合えるヒントがあるといいな、と思いながら綴ってみます。

人生の「3つの坂」の1つが来た、と捉える。

ワタシの場合、最初はかかりつけ医から「腸炎ですね」と言われていたので、緊急入院して後に「糖尿病」と診断された時には「まさか自分が??」と思っていました。ショックを受けました。

結婚式のお祝いの主賓の挨拶などで「人生には3つの坂がある」というスピーチを耳にしたことがあります。ご存じの方も多いですが、人生の3つの坂とは?・・・上り坂、下り坂、そして「まさか」です。

ワタシの結婚式でも主賓の方からその言葉をいただいていたことをベットの上で思い出していました。「あぁ、あの時、言っていた人生の”まさか”の期間に、俺は今いるんだなぁ…」とぼんやりと思い出していました。

身体も心もズタボロな状態でしたが、この「人生の3つの坂」のスピーチを思い出したことで、「人間は誰しも、遅かれ早かれ<まさか>と思うような出来事があるもんだし、俺の場合は<まさか>が他の人よりも早くに訪れてしまったんだな」という捉え方ができました。ほんの少しですが、自分だけがなぜ?と、悲劇のヒーローに陥りがちのワタシの気持ちに、明るい光を灯してくれた言葉でした。

他の楽しみを見つけなきゃね…

この言葉は、緊急入院のため予定していた仕事をキャンセルするために、取引先であるHさんに掛けてもらった言葉です。

入院して4日目の12月17日(木)になっても、「まさか自分が…!?」の気持ちから前進できずに、気持ちがもやもやしていて、「糖尿病である自分」の現実とまだまだ向き合えずにいました。

糖尿病になると、このコロナ禍だし、もう以前のように活発にリアルで友人とは会えないだろうし、ご飯も好きに自由気ままに食べられなくなるだろうし、いろんな病気を併発するだろうし…と、とくかくネガティブな方にばかり思考が行きがちな時期でした。

Hさんとのやり取りの中で、糖尿病になってしまったから、今後は、一緒に食事が食べられないかも…と弱気なことを伝えると、Hさんから「それなら食事の他に、楽しみを見つけなきゃ!!」とか、「落語、良いよ!」という提案をしてくれるではないですか…

さらに「今の気持ちを何かに記してみる、とか。誰にも言えないけど、考えている内容って大切。後になると忘れてしまう。」という提案もあり。。。ほんま、ありがたや。

さらにやり取りをしていると、Hさんにも数年前、大きな病で倒れたことがあって、その時に自分は死ぬかもと思ったらしく「死ぬかもと思ってからは、楽しい思いでは全部ノートに書くようにしている!」との話も聞くことができました。

自分だけがこんな辛い思いをしている、と思っていたワタシは、元気そうに見えるHさんがそんな経験をしたことがあることを知って、正直驚くとともに、「自分だけが病気になっているんじゃないんやな」と一種の孤立感から抜け出るきっかけをもらったような気がします。

病気になってしまった以上、今までと全く同じ生活はできないかもしれないけれど、新しい楽しみ方、過ごし方を見つけなきゃいけないな、という機会をくれた温かい励ましの言葉でした。

【後日談】

Hさんからもらったアドバイスをきっかけに、スマホのアプリで「瞬間日記」というサービスを使って、ふと思ったことを書きとめるようになりました。またその後、アカウントを作ったまま長年放置していたTwitterでなんか呟いてみよう、という気持ちが芽生えさせてくれたのでした。(当ブログを作ろうと思ったきっかけも、Hさんはくれました。本当にありがたい存在です。)

病気になってスグですもん。最初はそんなもんです。

これは、糖尿病の知識があまりない時に、看護師さんが掛けて下さった言葉です。

確か、入院して1週間くらいの時期だったと思います。すぐに退院できないことを知って、予定をキャンセルするために連絡を取った人の中に、糖尿病について詳しい方がいました。

先方はよかれと思って、ワタシのために知らないことをどんどん教えてくれました。ワタシが何を言っても、少々マウント気味な姿勢になってきて、だんだん、電話越しで話を聴くのが辛くなってきました。最終的には、「ケビンくんは年内に退院したい、と言っているけど、それはまだ無理なんちゃうん?」と言われる始末。さすがに辛くなって、「そろそろ病室に戻らなければいけないので、、、?」と言って、ワタシはすぐに電話は失礼させてもらいました。

その電話でのやり取りがあまりにもマウント気味だったので、自分の罹った病のことを知らなさすぎる自分が情けなさすぎて、、、また、年末に退院したいという個人目標さえも否定されたような気がして傷ついて、、、病室に戻る頃にはドッと疲れが出ていたものの、負けず嫌いのワタシは、カバンからパソコンを取り出して、糖尿病についてもっと知らなくては…と疲れていたけど、ネット検索をし始めていました。

そんな時、たまたま定期巡回に来てくださった看護師さんが、何も知らずに「お加減、どうですか?」と声掛けしてくださいました。不意をつかれたワタシは、ドバーっと声を上げて、大人げなく泣いてしまったのでした。

看護師さんを驚かせてしまったなぁーと今になっては反省しています。…が、その時はつらい気持ちがピークで、涙が止まりませんでした。でもその時の看護師さんは「いやいや、病気になって間もないんですもん。最初はそんなもんですよ。がんばっていますよ」と優しく声をかけてくださいました。

ワタシは焦りすぎていたのかもしれません。これを読んでくださる方も、病気の治療を焦り過ぎていませんか?

病気になって間もない時は、糖尿病についての知識も少ないし、血糖値のコントロールがうまくいかないし、毎日食べる食事も制限されていると窮屈に感じる。。。など不安なことだらけだと思います。それも看護師さんが伝えてくれたように「最初はそんなもん」なんだと思います。とにかく焦らずに、じっくりゆっくり、、、自分を労わってあげてくださいね。

「これからじっくり学んでいけばいいだけなんだ」という気持ちにさせてくれた看護師さんには、本当に感謝しています。

【後日談】

その後、大の大人が大泣きした…という情報は看護師さんのチームに共有されたらしく、巡回に来てくださる旅に「質問ありませんか?糖尿病で分からないことは一緒に調べましょう!」と声掛けしてくれるようになりました。神経質になっていたあの頃のワタシへの気遣いは、とても嬉しく。。。また「知識を教えますよ」という一方的な態度ではなく、「一緒に調べましょう」というワタシの気持ちに寄り添った医療ケアを実施してくださった看護師さんたちの姿勢に、今でも、とても感謝しています。

生きてるだでで丸儲け。死ぬこと以外、かすり傷や~

この言葉は、ワタシの友人からいただいた言葉です。

1型糖尿病は「10万人に1人の病」と言われていますが、ワタシの友人の一人が「200万人1人しか罹らない」と言われている病に罹って、それを克服して、活躍していたので連絡を取ってみたのでした。

救急車で運ばれて、緊急治療室に運ばれていた時、「死ぬかもしれない」と思った瞬間があったので、この「生きているだけで丸儲け!死ぬこと以外はかすり傷や~」という言葉は、その通りやな、というパワフルな言葉になりました。

「ワタシはかすり傷を負っただけや。ちゃんと治療して、次のステージで新しいことをやろう!」と前向きに考えるきっかけをいただきました。本当にいい言葉をいただいたなぁ。。。と思います。感謝です。

年を取るとな。持病は誰でも持つもんやねん

ワタシの糖尿病の治療状況について、病院から職場に報告をしていた時に、上司からもらった言葉です。

「ケビンくん、状況は分かるよ。ただそんなに深刻に捉えんでもええんちゃうか。持病持ちになっただけや。年を取るとな、持病は誰でも持つようになるねん。それを人に言うか、言わんかの違いだけとちゃうか」というような言葉をもらいました。

その言葉を聴いた時は「うぁー、糖尿病って大変やのに、分かってくれてないなぁ!」と感じました。ただ、冷静になってその言葉を噛みしめてみると、非常に納得感のある言葉でした。

「そうかぁ、ワタシはシニアになる前に、ヒトより一歩先から、持病を持つ身になっただけなんや!」。。。また「体力が回復したら、健康に用心しながら、この持病(糖尿病)と付き合っていこう」と徐々に、思えるようになってきていったのでした。

何かの意味があってこその今がある

これは恩師から頂いた言葉です。

その言葉に続いて「人間とは、かくもデリケートな存在であることを実感します。社会も組織もきっとそうなのでしょうね。ですから与えられた生は意味あるように大事に使って参りましょう」という言葉を頂きました。

糖尿病になってしまった…そんな自分の状況から、ワタシはどう意味を見出し、今後どう行動していくべきなのか? を考えるきっかけとなった言葉でした。

【後日談】

言葉をいただいたタイミングは、糖尿病のことを学ぼうとしていたタイミングでした。その時から1型糖尿病の治療について、情報が少ないなぁと感じていました。「退院後、自分自身が実験台となって、治療にまつわる試行錯誤している様子をタイムリーに発信したら、世の中の役に立つのではないか?」という意味付けをして、このブログを立ちあげることにしたきっかけとなりました。

全ては導かれている…

経営学者で思想家の田坂広志さんがよくおっしゃられている言葉です。たまたま緊急入院する直前に、田坂さんの特別セミナーに参加していましたので、入院中、頻繁に思い出していました。

田坂さんは「”逆境”に対して、しっかりと向き合う(正対する)ことが大切だ」とたびたびおっしゃられています。

「全ては導かれている」という思想は、キリスト教でいう予定説的な意味合いがあるなぁと前から思っていました。

予期せず、ワタシは1型糖尿病という望まない状況になり、インスリン注射がないと生きられない身体になってしまったなぁ。こうなったのは、普段の自分自身の行いに対して「もっと何か、気づいたり、学んだりしなさい」と、大いなる何か(神様や天?)がワタシに気づかせるために、この状況へ導かれたのではないか? と考えてみました。

そうすると、ここ数年間、働きすぎで視野狭窄になっていたような気もしてきて、「神様が、ゆっくり長期休暇を取って、新しい生き方を考えなさい。」と伝えたかったのかな…という自分勝手な解釈(意味づけ)も生まれてきたのでした。

そうすると、40代の人生の折り返し地点から、今後、どうやって人生を組み立てていくのか?のアイデアが次々と生まれてくるようになりました。

全ては導かれている…という言葉はパワフルでした。今、自分が置かれた逆境を全力で乗り越える支えになった言葉でした。

迷惑なことなんて、なにもないよ。運命共同体だから。

妻から掛けてもらった言葉の中で、一番嬉しかった言葉です。

糖尿病になってしまった後の生活を考えれば考える程に、妻に対しては「今後、迷惑をかけてしまう…」という申し訳ない気持ちでいっぱいになっていました。妻のお荷物にならないようにしなければ。。。と、負い目に感じていました。

そんな中で、妻からは「迷惑でもない」し、「運命共同体だから」一緒にこの糖尿病を乗り越えましょうという言葉を掛けてもらえて、本当に救われました。

入院後、コロナ対策で誰とも面会できない環境だったこともあり、妻とのやり取りは、ほぼLine。そのタイムラインでのやり取りは、癒しでもあり、励ましでもあり、、、「ほんと、支えてくれる人の言葉はありがたい」と感じていました。持つべきものは、良きパートナー。。。妻には本当に感謝しています。

まとめ

2021年2月現在、残念ながら、すい臓移植でもしない限りは1型糖尿病を根治させる方法は確立されていません。そんな現実をどのように捉え、どのように行動するのか? が大事になってくるのではないでしょうか。

1型糖尿病になってすぐの頃のワタシは「これからの自分の人生が思いやられる、どうしよう。。。」と悲観的に捉えがちでした。ただ、主治医や看護師さん、家族や友人、仕事で関わってくれる方からいただいた思いやり溢れる「ことば」に助けられて、徐々にではありますが、前向きに考え、行動できるようになってきたなぁと思います。

正直に綴っておくと、血糖値の数値やヘモグロビンA1cの数値を見て、都度、一喜一憂してしまいがちの日々を送っています。直面した現実と向き合うことも大事にしながらも、過度には数値に振り回されないようにしたいなぁ、そして、人生の中でやりたいことを見つけて、糖尿病に問わられ過ぎずに取り組める状態になりたいです。

コロナ禍で、1型糖尿病の人同士がリアルでは出会えない環境が続いています。この文章が同じように悩んでいる人にとってい、少しでもヒントになったらいいな、と思っています。

文章に力が入ってしまい、思わず長文となってしまいましたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました!